ラレトラ

可賀レトラの日記と小説置き場
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『この腕いっぱいの幸福(しあわせ)を』 4

 どうして気づかなかったんだろう。
 もう考えない、忘れようと思っているのに、自問自答が止まらない。
 なぜ、千鶴が好きなのは美羽子だと決めつけたのだろう。疑わなかったんだろう。
 千鶴が否定しなかったから? 周も千鶴も男だったから? 周が自分の兄だったから? 自分が兄のことを嫌っていたから?
 性別は理由にならない。だって、樹も千鶴のことを好きになった。過去に人を好きになった数少ない経験は女性が相手だったけれど、千鶴を女性のようにではなく、千鶴が千鶴だから、好きになった。
 たとえば、自分が勘違いしていなかったとしたら、千鶴は本当のことを教えてくれたのだろうか。
 ……いくら考えてもわからなかった。あの、潔さしか感じない口調で淡々と真実を告げられた気もするし、にべもなくさよならと言われて二度と会えなくなっていた気もする。
 いずれにせよ、樹の恋は終わるのだ。
 なぜ好きだと気づいてしまったんだろう。
 第一印象は鮮烈だった。思いを秘めた表情で高砂の席を見つめていた姿が最初かもしれないが、より強く思い出すのは、洗面台の前でひとり零していたしずくだった。樹が立ち入らなければ、誰にも見取られることのなかった涙だ。
 興味がわいた。どんな声でどんな話をする人なんだろう。何が好きで嫌いなんだろう。どこから来て、これからどこへ去って行くんだろう。
 美しい横顔が触れられない殻をまとっているように見えたから、言葉を交わすごとに近づいていけたのが嬉しかった。少しずつ、殻も壊せる気がしていた。
 ……全ては気のせいだったけれど。
 千鶴はいつでも、樹の話を真剣に聞いてくれた。何の気なしに出した言葉も、鋭い瞳に受けとめられて代わりのきかない物になった。自分自身にも真剣だった。他人には決して押し付けず、しかし内には情熱を秘めていた。
 その熱い思いが、人に向かったら。……何も障害のない恋で、せき止める物なく向かったら。
 そんなことを考えてしまうほどに、好きだったのだ。これが恋だと思いもよらなかっただけで、あきれるほどに好きになっていたのだ。笑顔ひとつで、一週間でも一ヶ月でも生き延びられるほど。
 千鶴が男で自分も男だとか、そんなことは気にならなかった。樹は千鶴が好きだが千鶴は周が好きで、しかし周には美羽子がいた。思いの行き場がどこにもないことが虚しいだけだった。
 ……周はどう思っているんだろう。
 まったく気づいていなかったのか? だから式にも呼んだのか?
 千鶴がそこまで好きになった兄のことを、自分はなぜ……嫌っているのだろう。
 長年の「事実」に樹は、今初めて疑問を抱いた。


 二度目に訪れた家は、今の時刻が昼間だからというだけでなく、この前と違って明るく迎え入れてくれる気がした。
「久しぶり。迷わなかったか?」
「お邪魔します。一度来てるから……これ、母さんから」
 こっそり出るつもりが靴を履いている最中に捕まり、行き先を吐かされたあげく手土産まで持たされたのだ。
「パウンドケーキか、懐かしいな」
「友達にあげるのが作りすぎたとか言ってたよ」
 なかなか周の顔を正面から見られない。
「切って出すよ。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「じゃ、コーヒー」
 部屋に入ると、奥のソファーに腰掛けるよう促された。
 程なく、ほろ苦い香りが漂い始める。若干、いやかなり緊張している。
「どうぞ」
「どうも」
 周は座椅子に腰を下ろした。真正面でも真横でもない位置は、少しだけほっとした。
「母さんのケーキ、久しぶりだな」
「どんどんレパートリーが増えてるんだ。兄貴が出てって前より暇になったのかもしれない」
「まだ試食係やらされてるのか」
「まあ」
 コーヒーを飲み込む時間が、やたら長い空白に感じられる。樹は話を切り出した。
「……由井さんとケンカした」
 周が樹の顔を見た。
「千鶴が喧嘩? 珍しい」
 兄は意外そうに言う。自分は珍しくないのか。まあそれもそうだろう。目の前の人物とまさに喧嘩している真っ最中なくらいだ。
「そういうことをする人ではない?」
「うーん……少なくとも、誰かと言い争ったりするのは聞いたことがない」
「でも、けっして、穏やかな人ではないよな?」
 内に隠された情熱を思いながら言う。
「そうだね」
 兄は、同意した。
「ケンカって言い方は違うかもしれない。別に言い合ったりしたわけではないんだ。俺が勝手に……裏切られたような気持ちになっただけで」
 樹はそこで、唐突に言った。
「由井さんとは、兄貴の結婚式で知り合った」
「いつの間に」
 周は小さく笑う。
「……あの人、泣いてたんだ」
 上がりかけた口角が、元に戻った。

「兄貴は知ってるのか。由井さんの……」
 言うか迷った。知らないことなら、樹が伝えるべきでない。しかし周は答えた。
「ああ。知ってる」
 樹は今日、いやここ数年で初めて、兄の目を見た。
「ずいぶん前に言われた。……というより、先に俺が気づいたんだろうな」
 周は淡々と言った。疑問がふつりと湧く。
「美羽姉は」
「もう付き合ってた。それもあって、千鶴も本当は言う気なんてなかったんだと思う。びっくりは……したけど、どこかで納得もしてた」
 周は、胡坐の足を組み替える。
「それもあって、って他にも?」
「恋愛にいい思い出がないって言ってた。仲良くできるだけで満足だ、って」
 以前の台詞を思い出した。いい思い出がないんじゃない。「嫌な思い出」だと言っていた。
「忘れてくれって言われて、無理だよって思ったけど言わなかった」
「忘れなかったのに、式に呼んだのかよ」
 樹は憤った。周は遠い目をした。
「サークルの中でも、数人で特に仲がよかったんだ。その中に千鶴もいた。呼ばなかったら不自然だったし、美羽にだって理由なんて言えない」
「だからって……」
「俺もずっと引っかかってた。そもそも『いまだに傷つくほど好かれてる』なんて思い上がりじゃないかとも思った。店に行ってマフラー選んでもらっても普通だったし。でも病院に来たときの千鶴を見たら、やっぱりって思うような気持ちもあった。それでまた悩んでいたら、ついこの間、呼び出されたんだ」
 樹が「もういい」と言い捨てて立ち去った、あとの話か。
「久しぶりだった。あんなに喋るのを聞いたのは、初めてだったかもしれない。ごめん、って言われた。自分が告白なんてしたから結婚式呼びづらかったろう、って。見透かされてた。でも、本当に気にしないでくれって言われたんだ」
「どういうこと」
「もう未練はない。二人のことを心から祝福してるって」
「でも由井さんは」
 あの日、泣いてたんだ。いくら言葉で強がろうと、それは違うだろう。
「言ってたよ。……樹のおかげだって」
「え?」
 なぜ、自分の名前が?
「さっき言ってたろう、初めて会ったのがあの日だったって。千鶴も言ってた。二次会すっぽかせって唆されたよって」
 そんな言い方はしてない、と言おうとしたが、冗談だというように周は笑った。
「本当はあの日心から笑えたかと言ったら嘘だって言ってた。だけど、樹と話せたことで気持ちがだいぶ変わった、って」
「でも俺はすごい、勘違いしてて……」
 動揺した。千鶴が、そんな風に思ってくれていただなんて。
「細かい話は聞いてないよ。ただ、千鶴はお前とのことをとても楽しそうに話していた。あれからちょくちょく会って、いろんな話をしてるって。そのうち一緒に遊びにも行ってみたいとかさ。なかなか、そんな顔も見たことがなかったからびっくりしたんだ。……なにかあったなら、樹、自分でちゃんと言ってこいよ」
 樹は返事ができない。今回もまた冷めてしまったコーヒーを、飲み干した。しばらく二人とも黙っていた。
 ごまかすように別のことを聞いた。
「兄貴、由井さんの店には……よく行ってたの」
「ああ。就職決まったあとに相談されてさ。買い付けとか広告とかやるつもりだったのに接客なんて出来るわけない、どうしようって。でも、服がものすごく好きなのは知ってたから、まずは無理しないでできるようにやってみればいいんじゃないか、売れなくてクビにならないように俺が買いに行くからとか言って。有言実行しなきゃじゃないけど、割としょっちゅう行ってたよ」
「けっこう、服を選んでもらっていた?」
「そうだなー。それは、大学のときからだな。センスいいの知ってたから、似合うの教えろよってよく連れ回してた」
「そうなんだ」
 店に入ったときに、周が着ているみたいだと思ったのは、あながち間違いでもなかったのかもしれない。
「千鶴、仕事がそうってだけじゃなくて、ほんとに服飾が大好きなんだ。人と話すのは苦手みたいだけど、好きな仕事だから、店長もつとまってるんだろう。樹も今度選んでもらったらいいよ」
 周は優しく笑った。
 自分の服装には駄目出しばかりされたな、と樹は思い出した。しごく真面目な顔で、冗談みたいな手厳しいことばかり言われた。
 誉められたわけでもないのに、そんな風に自分を見ていてくれたのが、何だか少し嬉しかった。職業病でもなんでもいい、千鶴の視界に入っているというだけで幸せな気持ち。
 ……そういえば、あの時千鶴が話しかかったことは、何だったんだろうか。
「それより。というか、別の話なんだけど」
 周が言った。
「なに?」
 聞き返すと、気まずそうに手を組み替えてみせる。
「樹にも、悪いことをしたな」
「え、何が?」
 何の話だか分からなかった。
「今さらだけど、美羽とのこと。付き合い始めたとき、話をしなくてごめん」
 周は真面目な顔で言う。
「ほんとに、何を今さら……」
 周と美羽子が付き合いだしたのは、もう何年も前の話だ。樹はその頃中学三年で、受験勉強の真っ只中だった。
「俺が止めたんだ。『樹はまだ中学だし勉強も忙しいし、わざわざ言うようなことでもないだろ』って。自分だったら、もし、のけ者にされたのが自分だったらどんな気分かなんて想像もしなかった。……お前、あの時、怒っただろ。『なんで言ってくれなかったんだよ』って。それ聞いたときも、ちょっと拗ねてるだけだろ、なんて甘えたような見方をして……結局今まで一度もちゃんと話すことをしなかったよな。本当にごめん」
 目を見て強く言い切られ、樹は猛烈な羞恥を感じた。
「ちょっと拗ねてるだけ」、それはまさにその通りだった。

 周、樹の兄弟と美羽子は母親どうしが姉妹で、上の二人が産まれる前から家も近所で仲が良かった。お正月、クリスマス、誰かの誕生日。イベントごとに家を行き来して、一つの家族みたいに毎年過ごしていた。
 樹が産まれてからもそれは変わらず、樹は二人の後ろをいつでもヒヨコみたいに付いて歩いていた。成長するにつれ少しずつ関係性は変わり、周が一歩下がって先陣を切る従姉とわんぱくな弟を見守る構図が多くなったが、いつでも三人は一緒で、どれだけ友達が増えても一番楽しい時間は家族の中にあった。
 二人が卒業した高校に合格したのも、もちろん一番最初に報告するつもりだった。しかし駆けるように家に帰ったのに、家には母の姿しかない。
「あっちゃんなら、合格祝い買いにいくんだって、美羽ちゃんと出掛けたわよ。受かってるかまだ分からないじゃないのなんて言ったんだけど、大丈夫って言ってねえ」
「なーんだ、じゃあ待ってる」
 口では「何だ」と言ったが、内心はとてもわくわくしていた。兄が自分を信頼してくれているようで、嬉しかった。
 しかしその気持ちは、母の一言であっけなく壊された。
「たっちゃんも無事に合格したし、あっちゃんと美羽ちゃんはようやくくっ付いたし……めでたくて良いことだわ」
「は?」
 今、なんて? 兄と従姉が付き合い始めた……?
 自分は聞いてない。一言も、何も聞いていない。人が必死で勉強している間に、兄と従姉が、何をしていただって……?
 その後母と何を話したのか、二人が帰ってきてどういう反応を取ったのか、全く覚えていない。
 ただ裏切られた気分だった。恥ずかしかった。三人で一つだと思っていたのは樹だけで、二人は年上で、違う世界があった。自分は仲間外れのただのおまけだった、そんな気がした。
「あれから、樹が話してくれなくなって、さびしかったしつまらなかったよ。なら、自分からなんとかすればいいのに『そんくらいで怒るなよ』みたいな気持ちもあって。って、拗ねてたのは完全に俺のほうだな、ガキみたいに」
 樹はそこまで考えたことがなかった。ただ兄を嫌いだと思い込むことで全てを放棄していた。
 思い出したくなかったから原因を考えることもしなかった。気づけば、きっかけなんて関係なく「嫌い」だという気持ちだけが残っていた。
 ……けれどそれは単に、子供みたいに嫉妬した自分を、直視したくなかっただけなのだ。
「千鶴から樹のことを聞いて……お前のおかげで立ち直った、元気になったって聞いて、やっと樹が一人前なんだ、ただ自分の弟ってだけじゃない、と思い知った気分だ。悪かったな」
 樹は恥ずかしくなった。子供っぽかったのは、子供だったのは自分だ。拗ねて逃げ回ることしかしなかった。ようやく兄と話をしなければと会いにはきたものの、何となくなし崩しにごまかそうとしていた。
 ようやく、何か言わなければと思った。
 言うことがたくさんある、と思った。
「いや……悪かったのは俺だよ。兄貴じゃない」
 周は静かに樹のことを見た。こんなに優しい目をする人だったっけと、ずっと家族だったはずなのに、今さら不思議に思った。
「今までごめん。結婚式のときも気づいてなかったかもしれないけど、最後までいなかったの、ごめん」
 そうでなければ、千鶴と出会えなかったと思うと、複雑な気持ちもあるが。
「遅くなったけど、言わせて。結婚、おめでとう」
「ありがとう」
 兄は笑った。全部が元通り――になることはないのかもしれないが、美羽子の言うとおりに、変わらないものはたしかにあったんだな、と樹は思う。
 そして、自分をここに連れてきてくれた人のことを思い出す。どんなに自身が傷ついていても、愛する人に美しい祝福を送る、きれいな心を持った人。
 好きなのに、大好きなのに、それを伝えもせずに逃げていてよいのか。ひどい言葉を吐き捨てたままでよいのか……
 よいわけ、ない。


「ただいまあ……あれ、まだたっちゃんいるの?」
「お邪魔してまーす」
 玄関がかちゃりと音を立て、明るい美羽子の声が響いた。樹も負けじと返事をした。
「おかえり、早かったんだな。ってもうこんな時間だったのか」
 周が驚いたように言う。
「ごめんねー兄弟水入らず、邪魔しちゃった」
「そんなもんないから!」
 まだ全てを「無し」にするのは照れくさい。
「あれ、どうしたのこのケーキ? 結婚祝いかしら?」
 美羽子がいたずらっ子のような素振りで言う。
「そうだよ。……出資者は、母さんだけどね」
 樹は、彼女にも言わなければ、と思った。
「美羽姉、ずいぶん遅くなっちゃったけど、結婚本当におめでとう」
「……ありがとう」
 美羽子はにっこりと微笑み、下腹にそっと手を添えた。
「よかった! たっちゃんにちゃんと祝福してもらえて。じゃないと『こわいおじさんがいるから出てきたくない!』って言われるとこだったわ」
「え? 美羽姉?……うそ」
 驚いて、美羽子の顔と腹を交互に見つめてしまう。
「やっぱりこの間は気づいてなかったのか」
 周が笑った。
「体重けっこう増えてたからばれるかな? って思ってたんだけど。もうすぐ安定期なの。夏前には赤ちゃん、産まれるよ」

 帰ろうとして、玄関に花が飾ってあるのに気づいた。生花ではなく、プラスチックの透明な立方体に閉じ込められている。来たときは緊張していて、目が留まらなかったのだろう。
 見つめていると、美羽子に声をかけられた。
「綺麗でしょ。結婚式のお花を友達がプリザーブドフラワーにしてくれて」
「プリザーブド? って何?」
 結婚式と言われて、ああと思った。青と白の美しいコントラスト。幸せと儚さを感じさせる色。美羽子も美しかったけれど、千鶴によく似合っていた、あの花。
「お花を専用の薬品に付けて、長持ちするようにしてあるんだって。買うとけっこう高いんだよね。たっちゃん、いる? もう一個あるのよ、彼女なんてきっと喜ぶよ」
「彼女とか、いないし」
 言ってはみたものの、頭の中には千鶴の姿しかなかった。
「でも……欲しいかな。うん、いややっぱいい。自分で買うから」
 美羽子は不思議そうな顔をしたが、周は微笑んでいた。
「気をつけて帰れよ」
「また来てね」
「うん、来るよ。美羽姉、お大事に!」
 急いで、行かなければ。
 自然と駆け足になりそうなのを我慢して歩く。



 

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