ラレトラ

可賀レトラの日記と小説置き場
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『この腕いっぱいの幸福(しあわせ)を』 5

 子供すぎた自分を恥じたばかりだ。千鶴に会うにはどうしたらいいだろうと考え、きちんと相手の都合を聞くのが一番じゃないか、と結論付けた。当たり前だが、大切なことだ。
 メールの文面を考えるのには、初めて彼氏ができたばかりの女子高生か、というくらい悩んだ。今までも、何度もやり取りしたことはあるのに。
 かけた時間のわりには「お久しぶりです。今日はお仕事ですか。終わるのは何時になりますか?」という、そっけないにもほどがある短文になってしまった。
 心臓が痛くなりながら送信し、やっぱりああ書くべきだったかも、とか、なんでお前にそんなこと教えなきゃいけないんだなんて返ってきたらどうしよう、とか、ずいぶん胃が痛くなりながら返事を待った。
『仕事です。二十時』
 電車に揺られている最中に返事はきた。悲しくなるくらいの簡潔な返事だが、これはメールの際の千鶴の通常運転だ。全部で十文字もないのに、喉から声が漏れ出そうになるのを、必死で唇を噛んで抑える。

 駅前で時間をつぶし、花屋に寄った。
「青と白の花で、できるだけ大きく、両手いっぱいくらいのを」
 樹の財布には札入れが二カ所ある。そのうち普段使わないほうに後生大事に入れていたのを今しかないと取り出した。
「これで、お願いします」
「かしこまりました」
 出会った日に千鶴から押し付けられた札だ。今さら返すも何もないけれど、使うなら今日だ、としか思えなかった。
 他人から、美羽子からもらったものなどではなく、自分で選んだものを渡したい。
 お好みの花はとか、青はどういう青か、とか尋ねられ、そのたび上から下まで結露したガラス戸の中を指差して、千鶴に似合うのはどれだろうと考えながら答えた。
 みるみるうちに花の束は抱えきれない大きさまで成長し、全体の色味をひきたたせるグリーンを添えられて、すっぽり綺麗に包まれた。
「お袋にお入れしますか?」
「いいえ、このままで」
 体の前で抱えて歩いて、目的地を目指す。心臓がごとごと鳴っている。
 ここまで来て、会えなかったらどうしようもない。
 ビルの一階に入っている店舗だ。入口は、外から入る一カ所と、建物の中から入る一カ所。そうっと確認しに行くと、中には別にスタッフ用の出入り口があり、ビルは隣と接していて裏に回れないため、他に経路はなさそうだった。
 出口を確かめている最中すれ違った女性が、心なしか目を見開いたように思う。そうだよな、びっくりするよな。……樹自身がこの花束の大きさにかなりびびっている。
 けれど、向かう足はためらわなかった。 店に着くまでに若干冷静になったのは否めないけれど、それでもやっぱり伝えなければと思ったのだ。向かいのガードレールの内側で、千鶴が出てくるのを待った。車通りは多いが、一車線だから遠すぎず、出てくればすぐにわかる。横断歩道も近かった。
 待っていた時間は、永遠のような、一瞬だったような。
 ガラスの向こうにちらりと見えた瞬間、すぐにわかった。女性と連れ立っており、え、と戸惑うが、すぐに同僚だろうと思い直した。
 急いで道路を渡る。ちょうどよく信号は青だった。渡りきるところで、千鶴が前を横切ろうとした。
「由井さん」
「……え?」
 振り返り、立ち止まったその表情は、険しさよりも戸惑いが大きかった。前回とは、確実に違った。
 尋常じゃない花束を抱えた樹を見て、隣の女性が言う。
「どうされたんですか? 店長、まさか今日で卒業とか?」
「卒業? いや、そんな予定はないよ……」
 千鶴は居心地が悪そうに耳を押さえた。樹は意を決して言う。
「話したいことがあります。すぐ終わります。聞いてもらえませんか」
「ここで?」
「ここでもいいし、これが恥ずかしかったら別のところでも」
 横の彼女が口を挟んだ。
「私、じゃあお先に失礼しますね。あの、もしカフェとかがよかったら、あっちにちょっと行ったところにありますよ」
「あ、ありがとうございます」
 彼女はにっこり笑うと、すぐに立ち去った。色々詮索されずにほっとする。
「カフェにする?」
「いや、そっちのほうが目立たないか」
 結局、通りから一本入った路地で、千鶴と向き合った。人も車もあまり通らない。表の喧騒が、距離以上に遠く聞こえる。
 一瞬で済むから、と前置きして、巨大な花束を手渡した。
「由井さん。好きです」
 千鶴は花を手にしたまま固まってしまった。落とされないよう、樹も手を添えて押さえたままだ。
「初めて会ったときから気になってた。披露宴の会場にいたときから素敵な人だって思ってて、一緒に飲みにいけるようになって本当に嬉しかった」
 過去に向かいあった千鶴の表情を、一つひとつ思い返しながら話す。
「ずっと一緒にいるのが楽しいだけで『好き』なんて思いもよらなかった。由井さんの好きな人が美羽姉じゃなくて兄貴だって知ったとき、猛烈に嫉妬してる自分に気づいて、ようやく好きだって分かった。でも報われない自分が悔しくて認められなくて、この間はろくに話もせずに『嘘つき』なんて暴言吐いて逃げ出したんだ。ごめんなさい」
 千鶴の頬が薄い朱に染まる。
「由井さんが兄貴だけ好きなのは知ってる。そのこと考えるとやっぱり悔しい。でももしそれが過去になって新しい恋ができそうだったら……それが俺だったらすごい嬉しいけど、まあ今まで何度も話してそんな感じじゃないんだろうなって分かってはいるんだけど、その由井さんが次に進むときに一緒にいられたら、それだけで良いかなって思うんだ。……そのくらい好きなんだ」
 樹は真剣に話した。少しでも千鶴の心に響けばいい、と思いながら。
「だからこれは『好きです』っていうのと、振ってもこれからも仲良くしてほしいっていう、そういう気持ち。無駄にでかすぎて、しかもまた職場に押しかけて迷惑で本当ごめん。もう、しないから。じゃあ、そういうことで」
 呆然としている千鶴の手をぎゅっと掴んで、花が落ちないように握らせた。
 返事なんて分かりきっているので、そのまま踵を返して帰ろうとする。目的は達した。
 ……ところが、後ろから声が降ってきた。
「ちょっと待て」
 樹は振り返る。千鶴がこちらを見ている。
 どうしたんだろう。なんだろう。この花邪魔だから持って帰れ、とかだったらちょっと、いや相当へこむな。
「なに?」
「この花束……」
 やっぱりそうか。
 いらない、か……
「こんなに目立つものを押し付けておいて、一人で帰れって?」
「え?」


 空車のタクシーはすぐに掴まった。手を上げて車を止めるなんて初めての体験で、そんな簡単なことでさえ緊張感が高まるような気がした。
「護妙寺の方まで」
「はい」
 地理には疎いが、告げられた地名がいささか遠いのは分かる。
「メトロの方がいいんじゃない?」
「だって恥ずかしいだろ」
 そう言いながらも、彼は花束を胸の前で抱えて離そうとしなかった。道路の振動が、ほのかな香りを樹の鼻まで届ける。
 少し開いた膝と膝が、時たまぶつかる。前に乗ったときは、そんなこと気にもならなかったのに。
「というか、これからどこへ」
「着いたら分かる」
 実際、分かった。
 下ろされた場所は、あまり年季の入っていないアパートの前だった。外階段で二階まで、千鶴がポケットから鍵を出して開ける。扉を開いたまま、立っている。
「入らないのか?」
 無愛想に言う。
「えー、そこは『どうぞ』とかさ!」
「だって分かるだろう」
 仰るとおりではある……かもしれない。樹は「おじゃまします」と言いながら、部屋に入った。
 考えるまでもない。ここは千鶴の家だ。
 一人暮らしということも正確には知らなかった。白を基調としたシンプルな空間。カーテンや奥の部屋に見えるベッドカバーは薄い青。物が少なく片付いているように見えるが、服や小物がダイニングの壁にまで侵出している。入りきらないのだろうか。
「鍋でいいのか」
 千鶴が唐突に言った。じろじろ見ていたのを見咎められたかと、びくりとする。というか、鍋とは?
「何が?」
 ガシャガシャ音を立てながら、キッチンスペースから返事が飛んでくる。
「花瓶なんて持ってない」
「あ、そういうこと」
 そうか……花束なら、生けなければ。その後の処理まで考えていなかったことを後悔したが、千鶴はいそいそとありったけの鍋に水を入れて、テーブルの上に並べ始めた。
「ちょっと長すぎるか」
「あと五センチだね」
 二人で協力し、花の丈を高さに合わせて切っていった。最終的には鍋全部でも入りきらなくて、風呂場の洗面器まで駆使することになった。
 全てを生け終えると、達成感があった。千鶴も満足げな顔をしている。
 そうか。彼はきっと、一人で花束を片付けるのが大変だと思ったから、自分を連れてきたのだろう。
「綺麗な花だ」
「うん」
 そう言ってもらえると、少し報われた気がした。
「返事をしてもいいかな」
 否、と言いたかった。
 千鶴は真面目な性格だから、告白を受けたら返事をするべきだ、と思っているのかもしれない。しかし、いくら覚悟していたとしても、好きな人に振られるというのは、想像するだけでけっこうきつい。
 しかし樹の葛藤をよそに、返事を待たず千鶴は話し始めた。
「前にも言ったかもしれないけど、君のことは最初から知っていたんだ」


 テーブルの上の花を見下ろしながら、並んで立っていた。大きな照明はスイッチを切られたままで、ダウンライトだけが鈍く二人を照らしている。大きくぼやけた影が床に落ちる。
「西條から聞いてた。僕と似た名前の弟がいるんだってこと。似た、というほどには似てないから、ただの話のきっかけだったのかもしれない。小さい頃から子犬みたいに懐いてくるのがかわいくて、でもどこかで早く大人になれよって気持ちだった、って。内緒ごとなんてしたら君が傷つくだろうと想像していながら、試すような気持ちで、彼女と付き合い始めたことを黙ってた。結果本当に君は傷ついたどころか、嫌われて口まで聞いてもらえなくなった。後悔したって遅いけど、いつか元に戻れたらって、言っていた」
 また兄の話か、と胸がずくずく痛み始める。とどめを刺すなら早くしてくれ、と思う一方、このままずっと千鶴の声を聞いていたい、喋るのが得意ではないと言っていたその声でいつまでも自分のためだけに話し続けてほしい、そう願う気持ちも深いところから湧いていた。
「だから最初は、西條が言っていたその弟だ、それだけだった。似ているからかな、トイレで見られたときもすぐに分かった」
 あの時は樹も思ったのだ。「あ、さっきのきれいな人だ」と。二人で、妙な場所で似たような感想を抱いていたのか、と不思議に思う。
「なぜか涙が止まらなかったけど、泣くのはあの日限りにしようと思っていた。そしたら君が現れた。飲みに誘われて、どこか少しわくわくした。ぼうっと過ぎてった日々が今日で終わるかもしれない、って」
 樹は千鶴の影を見た。
「そしたらその通りになった。最初は西條の仲直りの手助けができるかも、なんてことも思ったはずなのに、途中から弟だってこともたぶん忘れてた。親身になってくれたのが嬉しくて、話しているのが楽しかった。このまま続いていったら……きっと、好きになってしまうと思った。それでもいいや、なんて思ったときに、自分が君を誤解させたままだってことを、ようやく思い出した」
 千鶴は花束の中から一本を手に取った。それを指先でもてあそびながら、少しずつ続ける。
「なぜ正直に言わないでごまかしてしまったのか、と自分を恥じた。でも今さら違ったとは、言えなかった」
 言ってくれてよかったのに、とは樹も今さら言えない。
 そしたら今ここで、きっとこうなってもいない。
「一晩楽しい思いを、もしかしたら何か変わるかもなんて幸せな予感をもらっただけで十分だ、と思おうとした。本当にもう二度と会わないつもりだったんだ。なのに、樹さんが」
「……ハンカチ」
 樹は唐突に言った。思い出した。
「もう会わないなら、なんであんな返すみたいに持ってたんだよ」
 ずっと尋ねようと思っていたのだ。すっかり忘れていた。
「さあ」
 千鶴は本当に忘れたみたいに言った。
「あの日の僕に、聞いてくれないか」
「なんだよそれ。……で、それで?」
 樹は先を急かす。「好きになってもいい」と思った気持ちは、今どこにあるのか?
「それで? もう終わりだよ、この話は」
 とぼけたような声が聞こえる。
「え、ちょっと待ってよ、まだ全然終わってないだろ。……どこが返事なんだよ」
 顔をのぞき込む。すると、少しだけ赤く染まった頬がそこにあった。千鶴は言うのをためらっているように見えた。言葉にするのを、戸惑っているように。
 樹はもう一度急かそうとして、けれど止めた。
 さっきもまた千鶴の話を遮ってしまった。これまでも何度かそういうことがあった気がする。
 今度こそ待たなきゃいけないんじゃないのか。……待っても、悪くない未来が、もしかしたらすぐそこにあるんじゃないのか。
「『また会いたいと思ってた』って言われて、簡単に揺らいだ」
 沈黙は崩された。千鶴は、小さな声で話し始めた。
「嘘なんて忘れて仲良くなれる気がした。なのにまた失敗した。信じてもらえるのか分からないけれど……西條がいないと聞かされて、好きだから我を忘れたというわけじゃないんだ。かろうじて樹さんが電話を掛け直すまでは何とか持ったけれど、自分が樹さんにかまけていた間にとんでもないことが、西條にとっても君にとっても、取り返しのつかないことが起こったかもしれないと思ったら、何も考えられなくなって一人で店から出てしまっていた。結果、嘘はばれて、君には失望された」
 そう思ってたから、と千鶴は続けた。
「さっきまた君が店まで来てくれて……とても驚いて……とても、嬉しかった。……だって僕は、樹さんが」
 千鶴が、びっくりしたように目を見開く。
 やっぱり、待つことなんてできなかった。
 ……「好き」の言葉は唇で塞がれて、言葉にならなかった。



 

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