ラレトラ

可賀レトラの日記と小説置き場
<< 『リピートアゲイン』 8 | main | 『リピートアゲイン』 10(終) >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |  拍手! | にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ
『リピートアゲイン』 9
 この時が来たのだ、と中野は悟った。
「ごめん。……だけど、返事は送れません」
「どうして」
 唇をかみしめる。
「わかるでしょう。悪かったのは全面的に僕の方です。君に責任はない、全部忘れてください」
「なんで……そんなことを言うなら、最初に声をかけたのは俺じゃないですか」
 悲痛な声が痛い。
「だって、君は知らなかったんだから。たぶらかしたのは僕のほうだ」
「たぶらかされた?……そんなこと思ってない。メルさんは、俺の悩みを真剣に聞いてくれたじゃないか。勝手にプライベートにずけずけ分け入ってったのに、シャットアウトしないで話をしてくれた。それがあの日の俺にとってどれほどありがたかったか……」
 たしかに、そこで終わりにしておけば中野に罪はなかった。しかし、事実はそうではない。
「君が生徒だって知ってて、安易な関係を続けたんだ。切ることをしなかった。しかも、保身でも考えて正体を明かさなかったわけじゃない。単なる自己満足で、君を振り回した。余計にたちが悪いよ」
「振り回されたなんて、思ってない。もし俺の将来のことを考えて、とかいうんだったら、メルさんに出会えなければ俺は今でもウダウダしたままで、てんでだめな人生だった。悩みを聞いてくれたことも、いろいろしたことも、一緒に過ごした時間の全てが俺にとってのプラスだった。勝手に決めつけないでよ」
 捧は強い口調で言い切った。しかし、引くわけにはいかなかった。
「だめな人生なんて、僕みたいなことを言うんだ。君があの時ちょっとくらい躓いてたからってそんな風になるわけがない」
「だったらメルさんだって一緒でしょ? 年だって、いくつも離れてない」
「自分が教師失格だとか、そんな台詞を生徒の前でこうやって安易に吐いてること自体が……ダメな証拠なんだ。それでも、生きてくために仕事をしてくしかなくて、今のところこの道で進んでくしかない。どんなに駄目であろうと。これ以上幻滅されたくないんだ。僕のことはすっぱり忘れて、もういなくなってくれないか? ホームルームの担当も終わりになるし、二度と校内でも会うことのないようにするから……」
 全てが自分の責任だとはいえ、もう会えない。――会わない、と口に出すだけでこれほど辛いとは思わなかった。

 しかし、捧はなおも言葉を続けた。
「俺……先生がメルさんに似てるって思ったときまさかと思って、でも全然知らない先生だったからいろんな人に聞いてみたんだ。先生、三年の受験クラスも持ってるだろう。みんな言ってたよ、こんなわかりやすい教え方初めてだって」
「それは、才能がないからだよ。いい解法なんて思いつかないし、愚直にやるしかない」
「なんでそんな卑屈なの? いいじゃん、そんな才能のある奴らは、そもそも指導なんて必要としてないんだから。必要な人のところに必要なものを届けられるのが一番じゃないか。……それより、生徒と教師とかどうしようもないことばっかり言うなら、どうして俺に、まるで幻滅されたがってるみたいに色々話してくれるの? そんな話、他の生徒たちにもするの?」
「するわけないだろ。それは、捧さんが……」
 指摘されて、改めて自分が喋りすぎていることに気づく。
「俺がなんなの」
「それは」
 そんなに矢継早に問われても、答えられない。
「俺のこと、いつから知ってた? いつから特別だった?」
 捧の目が、中野を見つめる。どさっと鈍い音がして、かばんが落とされたことに気づいた。
 そのまま手が、教卓にのびる。
「……覚えてない」
 すぐにばれる嘘をついた。
「嘘だ、絶対覚えてる。俺は、覚えてるよ。最初にドアを開けたとき、なんてきれいな人なんだろうって思った。すぐ男の人だってわかったけど。恋人と別れたばかりって聞いたときには、相手になんてされるわけないのに、チャンスだって思っちゃった。その後ホテルに行って、メルさんかわいかったし俺もいっぱいいっぱいだったから何も言えなかったけど、なんとなく、これは違うんじゃないかってモヤモヤした」
「ほら……やっぱり違うんだよ。僕と君とは、ダメなんだ」
 何度目かの駄目、を繰り返すと、捧は明らかに怒った。
「すぐ自分否定する。違うってそういう意味じゃないから。……この間の、始業式の日にわかったんだ。俺、毎日遅刻しそうだから、門を通り過ぎるとき挨拶してる先生の顔なんてマトモに見たことなかった。でも、その日は違った。角を曲がって、門まで数十メートルってところで、立ってるメルさん以外に誰もいなかった。何度も見たことがあるはずの姿なのに、暑さの中で、くっきりしてた。セミの声がうるさかった。空が青かった。風が吹いて、メルさんはそっちをふわっと見上げてから、俺のことを見た。自転車の上から目が合って、やっと気づいた――俺がずっと恋してた、俺が、ずっと抱きたいと思ってたのは、この人だったんだって」
 むっとした熱気のこもる室内。かすかに吹き込む風は、カーテンを揺らすだけでここまで届かない。
 ばかげてる、と思いながら、はやる鼓動を抑えられなかった。信じられるはずもないのに、捧の目が真剣だから、どうしても信じてしまいそうになる。
 ――そうだ、この目だった。
 最初に「相談したいことがある」と言われたときも、「また」と言い残して改札の中に消えて行ったときも、まるでその軌道しか存在しなかったみたいに難しいショットを決めたときも。
 いつだって真剣で、本気だった。嘘なんてどこにもなかった。自分をごまかし、他人をごまかして嘘だらけの自分とは正反対だった。
 中野は答えた。
「……知ってたよ。店で会うより、ずっと前から。いつも自転車で通ってるのを見てた。かっこよくて、眩しくて、憧れてた。あんな格好のときに出会ったから、もしかしたらばれないんじゃないかって安易なことを思ってしまった。一度言葉を交わしたら、名前も知らなかったときより夢中になった。何も自分じゃ決断できないまま、ズルズルきてこんな様だ。何が教師だ、大人だ。軽蔑しただろう、いいんだよ……別にこれ以上何も言わずに去ってくれて構わない」
 最後にかたりと一つ言わせて、教材を檀上に伏せる。
 視線も落としたのに、許してもらえなかった。捧は、その大きな手を、中野の手に重ねた。
「なんでそんなこと言うんだよ。俺の話なにも聞いてなかったの? 俺は、メルさんが、好きだ――いや違う、今ここにいるあなたが。中野巡さんのことが、好きだ」
「……え」
「仮に、俺が高校生じゃなかったり、少なくともこの高校に通ってなかったり、巡さんの仕事が教師じゃなかったりしたら、何の問題もない出会いだったじゃないか」
「それは仮定の話で現実は、」
 重ねられた手が、ぎゅっと掴んでくる。
「でも、もしそんな出会いじゃなかったら、巡さんが元々俺のことを知らなかったとしたら、あの日話は聞いてもらえなかったかもしれない。たとえ出会えても、今日こうして話はできてなかったかもしれない。なら俺は、こういう俺で、こういう巡さんで、ああいう出会い方で良かったんだって、すごく思う。巡さんはそうは思わない?」
「そんな……思わないわけない。けど、でも……」
 再度、唇をかみしめる。ささやかなひび割れが剥けたのか、薄く血の味がした。
「でも、そうだよな。こうしてこういう立場な以上、このまま続けるのは無理だってわかる。下手したら人生だめになっちゃうのは俺よりも巡さんのほうだってことも。……だからさ、最後に一度だけでいい。くれてないメールの返事、ください。メルさんの格好でもいい。どっちでもいい。あなたが来てくれたらそれでいい。……最後にもう一回だけ、学校の外で会えませんか?」

 
| [小説][BL]リピートアゲイン | 21:17 | comments(0) | - |  拍手! | にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ
スポンサーサイト
| - | 21:17 | - | - |  拍手! | にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ









+ PROFILE
+ SELECTED ENTRIES
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ RECENT COMMENTS
+ LINKS
+ MOBILE
qrcode
+ PR
+ RECOMMEND
+ OTHERS
このページの先頭へ